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【温室効果ガス 30%削減の衝撃】民主案 36万円家計負担増

 温室効果ガスの排出量削減がもたらす経済への影響
「光熱費払えない」悲鳴

 「こんな負担は納得できない」

 8月5日に東京・霞が関の経済産業省で開かれた総合資源エネルギー調査会需給部会。消費者団体の代表として参加した日本消費生活アドバイザー・コンサルタント協会の三村光代最高顧問は思わず声を上げた。政府が6月にまとめた二酸化炭素(CO2)など温室効果ガスの排出削減に伴う家計負担の増加額として「1世帯あたり年間7万7千円」との試算が示されたからだ。

 三村さんは「生活が苦しい家庭にとっては年間1千円、500円の負担増でも軽くはない」と光熱費に温室効果ガスの排出削減対策費用を安易に転嫁しないよう訴えた。

 しかし、この日の部会では、もう一つの参考試算も示された。「1世帯あたり年間36万円」。民主党の温室効果ガスの排出削減を実行した場合の家計負担の増加額だ。政府の目標は2020(平成32)年に05年比15%の温室効果ガスの排出削減を目指すものだが、民主党が今回の衆院選で掲げたマニフェスト(政権公約)では、20年に90年比で25%(05年比で30%)を削減するという厳しい目標を打ち出した。

 「そんな負担増は到底考えられない。これから景気が好転し、収入が増える確証があればある程度の負担増は許容はできるが、そのような時代でもない。結局は光熱費の不払いが増えるだけだ」と三村さんは首を横に振る。

 こうした家計負担の増加は、決して「将来」の数字ではない。

 政府は太陽光発電の導入促進に向け、家庭で生じた太陽光発電による余剰電力を電力会社が買い取る制度を年内に始める。現行の制度に比べて買い取り額を2倍に引き上げ、その負担を来年4月から電力料金に転嫁する仕組みだ。これによって平成23年度以降の電力料金は標準家庭で月額約30円、27年度以降には最大で月額100円程度の料金引き上げが見込まれている。

 しかし、民主党のマニフェストでは、太陽光だけでなく、風力などを含めた再生可能エネルギーをすべて電力会社が購入する仕組みを求めている。「民主党案では、標準家庭の料金上乗せ額は政府の新制度の2倍をはるかに上回る」(経済産業省幹部)という負担増が指摘されている。

 民主党では、こうした家計負担をめぐる政府の試算に対し、「脅しに近いと考えている。前提の数字によって負担額はいろいろと変わる」(岡田克也幹事長)と批判する。だが、民主党自身は温室効果ガスを2020年に05年比で30%削減した場合、具体的にどのような国民負担が生じるかを示していない。

 民主党は、今回の衆院選で中学生以下の子供1人当たり月額2万6千円を支給する子ども手当の創設や高速道路無料化など、家計を支援する公約を打ち出している。だが、同じマニフェストに盛り込んだ温室効果ガスの排出削減目標は、その個人消費を一気に冷やす恐れをはらんでいる。



 6月3日の民主党「次の内閣」閣議に中間報告として提出された「農林漁業・農山漁村における環境ニューディール構想」。そこでは、すべての住宅を断熱性が高いエコハウス仕様とし、工事費込みで100万円前後のエコキュートなどの高効率給湯器を4400万台導入する目標が示された。これは全世帯の9割に相当する。

 しかし、「民主党としての数値目標というには早すぎる」(民主党関係者)として了承されず、概要を確認するのにとどまった。ただ、経産省では05年比30%削減という目標の達成には、すべての住宅に対する断熱化に加え、太陽光発電や高効率給湯器の導入義務付け、あるいは次世代自動車以外の購入禁止などが必要とみている。

 こうした省エネ費用は、年間36万円の家計負担とは別に強いられる重いものだ。その金額はわが国全体で190兆円にのぼると試算されている。これは政府目標の達成に必要な62兆円の約3倍にあたる。このため、政府部内では「民主党がどこまで党内的な議論を経て排出削減目標を決めたのかは疑問だ」(経産省幹部)とする声があがっている。



政策の整合性に「?」

 政府の試算によると、2020年に二酸化炭素(CO2)などの温室効果ガスを05年比で15%削減する政府目標を実現する場合、1世帯あたり年間7万7千円の家計負担が生じるが、これは企業の省エネ設備導入などで生産コストが上昇するのに伴い、20年段階で国内総生産(GDP)が0・6%押し下げられ、1世帯あたり年間4万4千円の可処分所得が減少するほか、光熱費が年間3万3千円増えるとの計算からだ。

 これに対し、民主党がマニフェスト(政権公約)で掲げる「20年に90年比で25%(05年比で30%)削減する」との目標を実行に移せば、20年段階のGDPは3・2%押し下げられる。これにより1世帯あたりの可処分所得は年間22万円減る一方、光熱費負担は同14万円増えるため、合計で年間36万円の家計負担の増加に結びつくと政府ではみている。

 CO2の排出削減が多くなればなるほど、高度な技術や設備を導入しなければならず、削減費用は高くなる。その費用をガソリン価格に上乗せした場合、政府目標では1リットルあたり30円の値上げにとどまるが、民主党の目標の実現には同170円の値上げが必要になり、現在のガソリン価格は2倍以上に跳ね上がる。

 家計負担はこれだけではない。民主党の目標を実現するには、新築だけでなく、既存住宅も断熱化してエネルギー効率を高める必要がある。だが、住宅生産団体連合会では「古い住宅の断熱化には天井や壁だけでなく、床やサッシなども取り換える必要があり、1軒あたり500万円以上の費用がかかるケースも出てくる」とみている。

 日本総合研究所の足達英一郎主席研究員は「温室効果ガスの大幅な削減を目指せば、国民負担も増える。05年比30%という削減は、可処分所得の増大による内需主導型の経済成長を目指す民主党の政策とはつじつまが合わない」と指摘。そのうえで「大幅削減には既存産業から血が流れることを覚悟して産業構造を転換しなければならないが、民主党のマニフェストにはそのビジョンがみえない」と批判する。

 また、第一生命経済研究所の永浜利広主席エコノミストも「民主党はCO2の排出量を増やすような高速道路無料化や道路特定財源の暫定税率撤廃を打ち出しながら、高い排出削減目標を掲げること自体が矛盾している」と政策の整合性に疑問を投げかけている。



 30日に投開票を迎える衆院選で、民主党が政権を奪取する可能性が高まる中、民主党の掲げる温室効果ガスの排出削減目標に対する不安が高まっている。民主党の公約が「政府目標」になった場合の影響などを検証する。

(平成21年8月26日 産経)

 
 
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