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大大阪の復活が見えてきた 東郷 秀憲

平成23年5月6日

大阪駅30年ぶり大改装、商業施設と巨大ビルに

JR大阪駅の新駅舎と駅北側のノースゲートビルディングが完成し、駅一帯の再開発地区「大阪ステーションシティ」として4日、全面開業した。
 大阪駅は約30年ぶりの大規模改装で、橋上駅舎を設けて、南北の商業施設へ行き来しやすいようにした。低迷する関西経済の活性化に向けた起爆剤として期待される。
 新しい大阪駅は1874年に完成した初代駅舎から数えて5代目。橋上駅舎の上に南北をつなぐ「時空(とき)の広場」(東西37メートル、南北83メートル)があり、ドーム状のガラス屋根で覆われている。駅の1日の乗降客数はこれまでの85万人から90万人以上に増えると見込む。大阪市の女性会社員(50)は「きれいな駅になって、印象が変わりました」と話した。
 ノースゲートビルは地上28階、地下3階で、梅田地区で4店目の百貨店「JR大阪三越伊勢丹」や専門店街「ルクア」が入る。3月に完成した大丸梅田店などが入る南側のサウスゲートビルディングと合わせ、延べ39万平方メートルの巨大な駅ビルになった。
 東日本大震災の被災者らに配慮し、開業式典は開かれなかったが、三越伊勢丹やルクアにはこの日、買い物客ら延べ約50万人が訪れた。開店前に計1850人が行列し、三越伊勢丹、ルクアとも予定を45分早めて9時15分にオープンした。
(5月5日 読売新聞)
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コメント:
 梅田の百貨店の売り場面積は新宿を超えて、ついに日本一となった。
 平成26年(2014)には天王寺に横浜ランドマークタワーを超える日本一の高層ビルが誕生する。そこに入る近鉄百貨店は日本一の売り場面積の百貨店となる。
 実は、昭和7年(1932)まで、大阪市は日本一人口の多い都市であった。
 昭和4年(1929)に阪急百貨店が世界で初めてのターミナル百貨店として開業したり、昭和8年(1933)には、日本初の公営地下鉄である大阪市営地下鉄が部分開業(梅田-心斎橋間)したりと戦前の大阪の勢いはとにかく凄かった。
 震災を受けて、多くの企業が大阪に本社機能を移転している。東京のGDPは約90兆円。大阪のGDPは40兆円。ところが、東京のGDP90兆円のうち、そもそも大阪本社であった企業のGDP30兆円が含まれる。仮に、これらの企業が本社を全て大阪に戻したら、GDPは70兆円となり差し引いた東京の60兆円を超え、日本一となる。ちなみに、上海のGDPは20兆円というから大阪は現時点でも2倍もあるのだ。
 東京都知事の石原さんが、証券市場の中心を大阪にもっていったらいいと発言したが、大賛成である。この度の震災で東京一極集中のリスクを国民は十分理解したことであろう。
 大大阪の復活が日本全体に良いことだと思う。それゆえ、大阪維新の会は大躍進したことだし、いよいよ橋下知事のリーダーシップに期待したい。

以下、石原発言。

東京都の石原慎太郎知事は22日の定例会見で、東日本大震災を踏まえ、「首都圏機能はいい形で分散されるのが好ましい。東京への過度な集積は好ましくない」と強調。首都を東京に残したまま、一部の首都機能を分散し、バックアップ機能の充実が必要との見解を示した。
 大震災の発生後、橋下徹大阪府知事と大村秀章愛知県知事が先月22日の会談で、首都機能分散の必要性を指摘しており、石原知事の発言で議論が加速しそうだ。
 会見で、石原知事は余震が頻発していることを挙げ、「東京直下の地震の確率は高くなった」と述べた。そのうえで、JR東海が計画しているリニア中央新幹線に触れ、「東京と大阪が1時間で結ばれれば画期的だ」とし、「(首都機能のうち)証券市場の中心は大阪に移すなど、大きな発想力で取り組むべきだ」と訴えた。

文筆:東郷秀憲(東郷秀憲の国益コラム