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ミサイル発射で戦後の妄想は打ち砕かれた  沖田 東一

平成21年4月5日

 北朝鮮がミサイル発射を強行した。
 心配された日本本土への被害は無かったが、日本の上空をみすみす通過させてしまったことは、大いに問題である。
 北朝鮮は今も打ち上げたのは人工衛星だと言っているが、発射施設その他の情報からミサイルであるのは明らかであり、他国の領空にミサイルを飛ばすことは戦争にも等しい行為である。政府は北朝鮮への経済制裁を一年延長することを決定したが、より厳しい対応を行うことを期待したい。
 それはさておき、今回の件で2つのことが明らかになった。1つは、国防長官の発言にあるように、アメリカは日本にミサイルが飛んでも迎撃するとは限らないということ。もう1つは、日本国民に刷り込まれてきた平和思想が嘘だったということである。
 戦後の日本には、国防に対して二つの考えがあった。
『平和を祈っていれば攻められることはない』という平和思想。
『いざというときはアメリカが守ってくれる』というアメリカ頼み思想。
どちらも宗教のように、マスコミや教育界で喧伝されてきたが、今回の北朝鮮のミサイル発射により、それらが妄想であると、白日の下にさらされた。
 平和を祈っても日本を攻撃する国がいる。アメリカが助けてくれるとは限らない。
 結果的にミサイル発射は、我が国の戦後思想を打ち砕き、国防について換気を促す結果となった。今の日本で北朝鮮に平和外交が通じると考えている国民は一人もいないだろう。
今こそ戦後思想を捨て去り、国防体制を進めるときである。
MD構想だけでは国土を守りきることはできない。もし大量のミサイルを同時に撃たれれば全てに対応するのは難しい(これは田母神氏も可能性を指摘している)。国土を守るには、敵地を攻撃できる力の保持と先制攻撃を可能とする法体制、これが必要である。我が国を攻撃する輩には、手痛い反撃が待っていると思わせるのだ。 我が国が自力で国を守る力を持ちえたとき、我が国は真の独立国となるだろう。

文筆:沖田東一