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沖縄集団自決訴訟の傍聴会に参加 大連 健

平成20年3月28日

日時:平成20年3月28日(金)
場所:大阪地方裁判所(大阪)

 平成20年3月28日、沖縄集団自決訴訟の判決が大阪地方裁判所にて行われたので、傍聴に参加しました。
(沖縄集団自決訴訟については、ここを参考にして下さい)
 朝九時に大阪地方裁判所へ向かったのですが、既に傍聴には1000人は来ていたでしょうか、数えられない程の人数が集まっています。マスコミも20人ほど来ているようです。
  
 裁判傍聴の定員は65名。傍聴希望者多数の場合は抽選になり、残念ながら私は抽選に外れたので裁判所門前で待っていました。その間、マスコミや人が集まっているので何の裁判か気になったのでしょう、傍を通りかかったおじさんが、私に何の裁判か尋ねてきました。おじさんは終戦当時小学生で、現在74才とのこと。おじさんに裁判の概略を説明すると、おじさんは当時の軍ならあったかもしれないと言って、私は、いや、その事実が無かったから名誉棄損の裁判になっている、集団自決が軍の命令というのは捏造された歴史だと言っても、おじさんは軍はとても恐かった示唆ぐらいはあったと思う、と当時の話をしてくれました。
 さて、10時に裁判が始まってから10分もたたないうちに、門から目を疑うような光景が。
   
 『勝訴』と書かれた紙を持ち勝ち誇った顔の大江・岩波支持のおばさん。続いて赤紫の横断幕を持った人達がマスコミのカメラの前になだれ込んできました。横断幕には『曲げたらあかん、歴史の真実』の文字が。いったいどちらが歴史を歪曲しているのかと。よほど日本軍を悪者にしたいのでしょうが、それにより傷つく人もいるのだから、冤罪なのだから。

 10時30分に近くの堂島ビルで今回の判決の報告会が行われ、最初に2人の弁護士先生が、とても厳しい判決、全面敗訴、恐ろしい象徴的な裁判だと言っておられました。判決主文を読み説明されていましたが、原告側が主張している名誉毀損には触れなかった、照屋証言なども無視された、『教科書検定がこうなのだから裁判官もそれに乗っかっておけばよい』的な裁判だったそうです。
 記者会見を終わられた弁護士団の先生も到着、会見内容を話されました。宮城さん証言の「米英の手に堕ちて辱めを受けるならこの手榴弾で」が自決命令に変わってしまっていると。藤岡信勝先生は「教科書検定を放置してきたから、多くのマスコミが書いている通りの判決となってしまった」と話され、弁護士先生に、今後はどのような戦い方をするのかと質問されていました。(これに対しては、新しい証人も出たので、活用していきたい、という風なことを話してました)

 原告側は4月2日に大阪高裁に控訴しましたが、赤松氏、梅澤氏の名誉回復のため裁判には勝ってもらい、真実を明らかにしてもらいたい。

文筆:大連健